『聲の形』レビュー|いじめだけではない、人と人が分かり合うことの難しさ

※この記事は漫画『聲の形』の内容に触れています。未読の方はご注意ください。

まず最初に断っておきたいのですが、この記事に書いている感想は、あくまで私個人が『聲の形』を読んで感じたことです。

登場人物に対する好き嫌いや、物語から何を感じ取るかは、人によって大きく違う作品だと思います。

特に『聲の形』は、「いじめ」「聴覚障害」という言葉だけでは到底語り切れません。

誰かを傷つけたこと。

傷つけられたこと。

見て見ぬふりをしたこと。

自分を守るために誰かを切り捨てたこと。

そして、過去の自分をどう受け入れるのか。

大人になった今だからこそ、以前とは違う角度から読める作品でした。

私はこの漫画を、単純な「いじめを反省して仲直りする物語」とは思っていません。

むしろ、人間が誰かと関わって生きていく以上、完全には避けられないコミュニケーションの難しさと、人間の弱さを描いた作品だと感じています。


『聲の形』基本情報

項目内容
作品名聲の形(こえのかたち)
作者大今良時
出版社講談社
掲載誌週刊少年マガジン
連載期間2013年8月~2014年11月
巻数全7巻・完結
ジャンル青春・ヒューマンドラマ・学園漫画
主なテーマいじめ、聴覚障害、コミュニケーション、罪と赦し、再生
映画化2016年に劇場アニメ化
筆者おすすめ度★★★★★

『聲の形』は大今良時さんによる漫画作品です。

週刊少年マガジンで連載され、単行本は全7巻で完結しています。

耳の聞こえる少年・石田将也と、耳の聞こえない転校生・西宮硝子との関係を軸に、硝子を傷つけた将也が、その後自らも孤立し、数年後に再び硝子と向き合っていく物語です。

また、本作は「このマンガがすごい!2015」オトコ編で第1位、第19回手塚治虫文化賞新生賞などを受賞しています。

単純ないじめの物語ではなく、コミュニケーション、罪、自己否定、他者とのつながりなど、さまざまなテーマを考えさせられる作品です。


『聲の形』はどんな漫画?|作品概要

『聲の形』は、耳の聞こえない少女・西宮硝子と、彼女を小学生時代に傷つけていた少年・石田将也を中心に描かれる物語です。

ただし、この作品のすごいところは、単純に「いじめる側」と「いじめられる側」という構図だけで終わらないところ。

将也は確かに硝子を傷つけました。

しかし、その後、将也自身もクラスの中で孤立し、今度は自分が排除される側へと転落していきます。

そして高校生になった将也は、過去の出来事を抱えながら、もう一度硝子と向き合おうとします。

ここから物語は、

「謝れば許されるのか」

「過去に誰かを傷つけた人間は、もう一度誰かとつながることができるのか」

という、非常に難しい問題へと踏み込んでいきます。

私はここに、『聲の形』の大きな魅力があると感じました。

だからこそ、『聲の形』は「いじめ漫画」という一言では片付けられない作品なのだと思います。


『聲の形』のあらすじ|ネタバレを含みます

物語の始まりは小学生時代。

主人公の石田将也のクラスに、西宮硝子という少女が転校してきます。

硝子は聴覚障害があり、ノートを使ったり、周囲とのコミュニケーションを試みたりしながら、クラスの中で生活していきます。

しかし、好奇心旺盛で退屈を嫌う将也は、次第に硝子へちょっかいを出すようになります。

それは次第にエスカレートし、硝子の補聴器を壊したり、彼女を困らせたりする行為へと変わっていきます。

周囲のクラスメイトも、それを止めるどころか、笑ったり同調したりします。

ところが、硝子へのいじめが問題になると、状況は一変します。

それまで一緒になって硝子をからかっていたクラスメイトたちは距離を置き、将也に責任が集中していく。

そして今度は、将也自身がクラスの中で孤立し、周囲から攻撃や排除を受ける側へと変わっていきます。

その後、時間が流れます。

高校生になった将也は、過去の出来事を引きずりながら生きています。

そして、ある決意を胸に硝子のもとを訪れます。

それは、かつて自分が傷つけた硝子と、もう一度向き合うこと。

ここから二人の関係は、過去をやり直すのではなく、過去を抱えたまま、それでも他者とつながろうとする物語へと変わっていきます。


『聲の形』1巻の完成度が圧倒的に高い

個人的に、『聲の形』で最も圧倒されたのは1巻です。

とにかく密度が濃い。

石田将也が「いじめる側」から「いじめられる側」へと転落していく過程が、非常に生々しく描かれています。

特に怖いのが、教室の空気が一瞬で変わるところ。

それまで将也と一緒になって硝子をからかっていたクラスメイトたちが、問題が表面化した途端に将也から離れていく。

そして、まるで最初から将也一人が悪かったかのような空気が出来上がっていく。

もちろん、将也自身が硝子を傷つけたことは間違いありません。

そこは擁護できません。

しかし、この作品が恐ろしいのは、「一人を悪者にすることで、集団としての自分たちの罪を見えなくする」人間の心理まで描いていることです。

誰か一人をスケープゴートにしてしまえば、自分たちは「正しい側」に立てる。

その瞬間、集団は安心する。

私はここに、いじめという問題の本当の怖さがあると思いました。


教室という「密室」が生み出す同調圧力

『聲の形』を読んで強く感じるのが、教室という空間の特殊さです。

学校の教室は、子どもにとって世界そのものに近い。

そこから外れることは、とても怖い。

だから、

「やめよう」

「それは良くない」

と言いたくても、言えない。

誰かが硝子をいじめている。

でも、自分が止めれば今度は自分が標的になるかもしれない。

その恐怖から、見て見ぬふりをする。

あるいは、周囲に合わせる。

私は、ここに人間の弱さが凝縮されているように感じました。

誰か一人が違った行動をしていれば、何かが変わっていたのかもしれない。

でも、実際にはそう簡単ではない。

教室という、子どもにとって逃げ場の少ない空間で生まれる同調圧力は、それほど強烈なものなのだと思います。

だからこそ、誰かを単純に「悪人」として切り捨てるだけでは、この作品の本質には届かない。

もちろん、悪いことは悪い。

でも、人間はそんなに単純ではない。

それを描いているところが、この漫画の凄さだと思います。


顔に「バツ印」がつく演出が秀逸

『聲の形』を象徴する表現の一つが、将也の視界に人の顔が映るときにつく「×」です。

私はこの表現が本当に秀逸だと思いました。

単なる漫画的な演出ではなく、将也が人とのつながりをどう感じているのかを、視覚的に表現している。

人がそこにいる。

でも、心がつながっていない。

むしろ、他人の視線が怖い。

その状態を「顔に×がついている」という非常にシンプルな表現で伝えてしまう。

言葉で説明されなくても、将也の孤独が伝わってきます。

そして、この「×」が物語の中で少しずつ変化していくことにも意味がある。

『聲の形』という作品のテーマを象徴する、とても印象的な表現だと思います。


将也と硝子だけではない|登場人物の「人間臭さ」が凄い

『聲の形』が単なる感動物語になっていない理由の一つが、将也と硝子以外の登場人物です。

この作品に登場する人たちは、みんな完全な善人ではありません。

弱さもある。

エゴもある。

嫉妬もある。

自分を守りたいという気持ちもある。

正義感もある。

そして、ときには間違える。

だからこそ、物語にリアリティがあります。

「この人は悪い人」

「この人は優しい人」

と簡単に分類できない。

読んでいるこちらまで、

「自分だったらどうするだろう?」

と考えさせられます。


個人的に一番嫌いなのは竹内先生

ここからはかなり個人的な感想です。

私は『聲の形』の登場人物の中で、竹内先生が一番苦手です。

もちろん、これはあくまで私個人の評価です。

竹内先生は将也たちの小学校時代の担任ですが、硝子がクラスに馴染めるようにすることを子どもたちに促しながら、問題が表面化すると将也を強く責める側に回ります。

私が竹内先生に強い違和感を覚えるのは、単純に「硝子を守らなかった」という一点だけではありません。

子どもたちの間で起きていることに対して、大人としてどこまで責任を引き受けたのかが、私には十分に感じられなかったからです。

もちろん、教師一人だけですべての問題を解決できるわけではありません。

それでも、子どもたちだけに人間関係の問題を背負わせてしまったように見えるところに、私は引っかかりました。

さらに、高校生になった将也と再会したときの態度についても、個人的にはかなり複雑な気持ちになります。

将也に対する言葉を、私はどこか「成長したな」という上からの評価のように感じてしまいました。

「いやいや。あなたが言うのか」と。

もちろん、これは私の受け取り方です。

竹内先生にも教師としての立場や考えがあったのでしょう。

ただ、将也がその後どれだけ過去を抱えて生きてきたのかを考えると、私はこの場面に強烈な違和感を覚えました。

だからこそ、竹内先生は私にとって、作品の中でも特に印象に残る人物です。


川井みきも苦手|「自分は悪くない」という自己防衛

そして、もう一人、私は川井みきがかなり苦手です。

川井の嫌なところは、単純な「悪人」ではないところ。

むしろ本人は本人なりに、「私は悪くない」と本気で思っているように見える。

だから余計に怖い。

私が感じる川井の嫌な部分は、

  • 自分を守ることを優先しているように見える
  • 責任を自分から遠ざけようとする
  • 「自分は止めた」という立場を取ろうとする
  • 自分が傷つけられた側になると強く反応する
  • 自分の正しさを疑わないように見える
  • 結果として、責任を他人に背負わせてしまう

というところです。

特に、涙を含めた感情表現が、結果的に自分を守る方向に働いてしまうところが、私は苦手でした。

ただし、ここは重要です。

川井の涙を単純に「嘘泣き」と断定するのは、私は違うと思っています。

川井自身も、自分の立場や感情を本気で信じている部分があるように見えるからです。

だから私は、川井を単純な「計算高い悪女」として見るより、

自分の罪や弱さを直視することができず、自分を守るために他人へ責任を押し出してしまう人間

として見るほうが、この作品には合っていると思います。

そして、そこがまた嫌なんです。

なぜなら、こういう人間は現実にもいるからです。


植野直花は嫌いになれない|不器用だけど嘘がない

逆に、私が植野については嫌いになれない理由があります。

植野は、もちろん硝子に対して酷いことをしています。

そこを美化するつもりはありません。

でも、植野は自分の感情を隠そうとしない。

綺麗な人間になろうと取り繕わない。

嫉妬もする。

怒る。

腹を立てる。

硝子に対する複雑な感情も抱える。

それを全部さらけ出してしまう。

私は、この「自分の感情を隠そうとしないところ」が植野の魅力だと思っています。

彼女はドロドロした感情から逃げない。

だから、見ていてしんどい。

でも、そこに妙な人間臭さがあります。

そして、将也に対する感情には、不器用ながらも確かな思いがあります。

それは綺麗な恋愛感情ではないかもしれません。

もっと不器用で、もっと面倒くさくて、もっと人間臭い。

でも、だからこそ私は植野の気持ちを完全には否定できませんでした。


「誰かが違った行動をしていれば」と考えてしまう

『聲の形』を読んでいると、

「もし、あのとき誰かが違う行動をしていたら?」

と考えてしまいます。

将也がもう少し早くやめていたら。

クラスメイトの誰かが止めていたら。

先生がもっと早く介入していたら。

川井が違う行動をしていたら。

植野が硝子ともっと違う形で向き合えていたら。

いろいろな「もし」があります。

でも、物語を読んでいるうちに、それだけではないと思えてきます。

問題は、一人ひとりの行動だけではなく、その場にいる全員が周囲の視線を気にしてしまう環境そのものにもある。

教室という密室。

そこから排除されることへの恐怖。

自分が次の標的になるかもしれないという防衛本能。

その結果、誰も「やめよう」と言えない。

これは子どもの世界だけの話ではないと思います。

大人の社会でも、似たようなことは起きています。

だからこそ、この漫画は読んでいて痛い。


教室から離れる「冷却期間」が必要だったのかもしれない

ここからは、私自身の考察です。

私は、将也と硝子、そして周囲の人たちには、もっと早く教室という空間から離れる時間があってもよかったのではないかと思いました。

ずっと同じ場所にいるから、

「昔からこういう人」

「この人はこういう役割」

という固定されたイメージから逃れられない。

一度関係性が壊れてしまうと、そこから抜け出すことも難しい。

だからこそ、一度離れる。

時間を置く。

それぞれが自分自身について考える。

そして、もう一度出会う。

私は、高校生になった将也たちの物語を読んでいて、そんな「冷却期間」のような時間の意味を考えました。

もちろん、これは作品から私が感じ取った解釈です。

人間関係は、近すぎると見えなくなるものがあります。

少し離れて初めて、

「あのとき、自分は何をしていたんだろう」

と考えられることもある。

『聲の形』を読んで、私はそんなことを考えました。


『聲の形』は「自分自身を赦す」物語でもある

この作品を読んでいて強く感じるテーマが、自分自身を赦すことです。

もちろん、誰かを傷つけたことを「仕方なかった」で済ませてはいけません。

将也が硝子を傷つけた事実も消えません。

過去をなかったことにすることもできない。

でも、人間は過去だけを背負って生き続けることもできない。

過去と向き合う。

自分の間違いを認める。

相手の気持ちを想像する。

そして、それでも前に進む。

その過程で必要になるのが、「自分自身を赦す」ということなのではないかと思いました。

これは、将也だけの問題ではありません。

私は、硝子にもまた、自分自身を赦すことが必要だったのではないかと感じました。

「自分がいるから周囲の人が不幸になる」

そんな思い込みから、自分自身を解放すること。

二人がそれぞれの方法で、自分自身を取り戻していく物語。

私は『聲の形』をそんな作品として読みました。


昔読んだときと、今読んだときでは感じ方が違った

この作品を昔読んだとき、私は、

「もし自分がこの物語の登場人物だったら、どう考えて、どう行動するだろう?」

ということを中心に考えていました。

将也だったら。

硝子だったら。

植野だったら。

自分ならどうするだろう、と。

でも、今は自分自身が親になりました。

だから今回は、親の立場からも考えてしまいました。

そこで強く感じたのが、子どもたちを取り巻く大人同士のコミュニケーションの重要性です。

もし、子ども同士の問題が起きたときに、親や教師など周囲の大人がもっと早く情報を共有し、協力できる環境があったら。

子どもたちだけに問題を背負わせず、大人が間に入ることができていたら。

何かが違っていた可能性もあるのではないか。

私はそんなことを考えました。

もちろん、親同士がコミュニケーションを取れば、すべての問題が解決するわけではありません。

それでも、

子どもだけに問題を背負わせない。

先生だけに任せない。

親だけで抱え込まない。

大人同士がコミュニケーションを取る。

そうしたことの大切さを、親になった今だからこそ強く感じました。


将也の母親と硝子の母親の関係が好き

そう考えると、物語の終盤に描かれる将也の母親・美也子と硝子の母親・八重子の関係が、とても印象に残ります。

二人の関係は、決して最初から良好だったわけではありません。

むしろ、そこには深い傷や怒りがあります。

それでも物語の終盤では、二人の距離が少しずつ変化し、飲み友達のような関係になっていく様子が描かれます。

私は、この描写が好きです。

子どもたちの問題を、大人たちもまた自分たちなりに抱えながら、それぞれの関係を築いていく。

そして、親同士がつながっていく。

これは、子どもたちだけですべてを解決しなくてもいい、ということを感じさせてくれる描写でもあるように思います。

もちろん、親がすべてを解決できるわけではありません。

それでも、大人が大人として子どもたちを支えることには意味がある。

私は、この二人の関係を見て、そんなことを考えました。


ラストは完全なハッピーエンドではない

『聲の形』のラストを、私は「完全なハッピーエンド」とは思っていません。

過去が消えるわけではない。

傷ついた記憶もなくならない。

これからも、人間関係の中ではきっと衝突するでしょう。

それでも、以前とは違います。

私は、彼らがこれから直面する困難は、かつてのような「どん底の絶望」とは違うものになっていくのではないかと感じました。

むしろ、誰かと関係を築いていくために必要な、

健全な摩擦

なのではないかと思います。

人と人が関われば、傷つけることもある。

意見がぶつかることもある。

相手を理解できないこともある。

でも、それでも関係を続けようとする。

私は、そこに『聲の形』の希望があると思いました。


『聲の形』を読んで感じた一番大きなこと

この漫画を読んで一番強く感じたのは、

「人と分かり合うことは、思っている以上に難しい」

ということです。

言葉を交わせば分かり合えるわけではない。

謝ればすべて解決するわけでもない。

善意でやったことが、相手を傷つけることもある。

自分では正しいと思っていたことが、別の人から見ると全く違って見えることもある。

だからこそ、人と関わることには難しさがあります。

でも、その難しさから逃げずに、もう一度相手と向き合おうとする。

『聲の形』は、その姿を描いた作品なのだと思います。


『聲の形』がおすすめな人

こんな方には、かなりおすすめです。

  • 重たいテーマの漫画が好き
  • 単純な善悪では割り切れない物語が好き
  • 人間心理を丁寧に描いた漫画が好き
  • 「人間の弱さ」を描いた作品が好き
  • 読後にいろいろ考えさせられる漫画が好き
  • 青春漫画でも、甘すぎない作品が読みたい
  • いじめだけではない、人間関係の物語を読みたい
  • 一度読んだ作品を、大人になってから読み返したい
  • 後味の残る漫画が好き

特に、昔読んだことがある人に、もう一度読んでほしい作品です。

年齢や人生経験によって、登場人物への見方がかなり変わると思います。


『聲の形』をおすすめしない人

逆に、以下のような方にはおすすめしにくいです。

  • いじめを扱った重い作品が苦手
  • 障害や人間関係の葛藤を描いた作品を読むのがつらい
  • 読後はスッキリする漫画が読みたい
  • 明確な善人と悪人がいる物語が好き
  • 登場人物に感情移入しすぎてしまう
  • 人間の嫌な部分を見るのが苦手

特に序盤は、読んでいてかなり苦しくなる場面があります。

「感動する青春漫画」というイメージだけで読むと、思っていた以上に重い作品だと感じるかもしれません。


『聲の形』についてよくある質問【FAQ】

『聲の形』は全何巻?

漫画は全7巻で完結しています。講談社から刊行されています。

『聲の形』はどんなテーマの漫画?

いじめや聴覚障害だけではなく、コミュニケーションの難しさ、罪と向き合うこと、他者との関係、自分自身を赦すことなどが大きなテーマとして描かれています。

『聲の形』は重い漫画?

はい。

特に序盤には、いじめを扱ったかなり苦しい描写があります。

ただし、単に読者を苦しませる作品ではありません。

そこから人間関係を再構築していく過程まで描かれているため、重いだけで終わらないところが本作の魅力です。

『聲の形』は泣ける漫画?

個人的には、単純に「泣ける漫画」という言葉だけでは表現したくありません。

涙が出る場面はありますが、それ以上に「自分ならどうするだろう」と考えさせられる作品です。

『聲の形』は映画と漫画のどちらがおすすめ?

個人的には、漫画をおすすめします。

映画版も素晴らしい作品ですが、全7巻の漫画だからこそ描ける登場人物それぞれの感情や関係性があります。

特に植野、川井、竹内先生など、周囲の人物について深く考えたいなら、漫画を読む価値は大きいと思います。

『聲の形』は大人が読んでも面白い?

むしろ、大人になってから読むと違った面白さがある作品だと思います。

学生時代には「自分がこの立場ならどうするか」と考えていたものが、親になった今では「大人は何ができたのか」という視点でも読めました。


『聲の形』を読んだ私の評価

項目評価
ストーリー★★★★★
人物描写★★★★★
心理描写★★★★★
テーマ性★★★★★
読みやすさ★★★★☆
読後の余韻★★★★★
1巻の完成度★★★★★
総合評価★★★★★

総合評価:★★★★★

『聲の形』は、何か一つの答えを提示してくれる漫画ではありません。

だからこそ、読者自身が考える余白があります。

「誰が悪かったのか」

「自分ならどうしたのか」

「もっと違う方法があったのではないか」

そして、

「過去に傷つけた人間は、どうやって前に進めばいいのか」

読み終わっても、そんな問いが頭の中に残ります。

私は、そこがこの漫画の一番好きなところです。


『聲の形』は、読む年齢によって印象が変わる漫画

昔読んだときと、今読んだとき。

同じ漫画なのに、見えてくるものが違いました。

昔は子どもたちの目線。

今は親の目線。

そして、これからさらに年齢を重ねれば、また違うものが見えてくるのかもしれません。

それだけ人間の感情を多面的に描いている作品なのだと思います。

『聲の形』は、「いじめを反省して仲直りしました」という単純な物語ではありません。

傷つけた側も。

傷つけられた側も。

見て見ぬふりをした側も。

自分を守るために誰かを切り捨てた側も。

みんなが、それぞれの罪や弱さを抱えながら生きている。

そして、そんな不完全な人間同士が、それでも誰かとつながろうとする。

私は、この不完全さこそが『聲の形』という作品の魅力だと思っています。

綺麗すぎないからこそ、心に残る。

そんな漫画でした。


私のおすすめ『痛みのある漫画』まとめ

『聲の形』のように、読んでいて心が痛くなったり、人間の弱さや醜さ、家族の問題、社会の息苦しさなどを真正面から描いた漫画が私は好きです。

単純に「面白かった」で終わる作品ではなく、読み終わったあとにも何かが残る。

ときには嫌な気持ちになる。

でも、なぜか忘れられない。

そんな作品を集めて、私のおすすめ漫画をまとめています。

「綺麗なだけの物語では物足りない」

そんな方は、ぜひこちらも読んでみてください。


まとめ|『聲の形』は「人と人が分かり合う難しさ」を描いた名作

『聲の形』は、いじめや聴覚障害を扱った漫画です。

しかし、私がこの作品を読んで一番強く感じたのは、それだけではありません。

人と人が分かり合う難しさ。

過去と向き合うこと。

自分の罪を認めること。

そして、自分自身を赦すこと。

そんな複雑なテーマから逃げずに描いた作品だと思います。

個人的には、1巻の完成度と密度には圧倒されました。

そして、将也や硝子だけではなく、植野、川井、竹内先生など、それぞれの人物が抱える弱さやエゴが物語に強烈なリアリティを与えています。

読んでいて腹が立つこともあります。

苦しくなることもあります。

「なんでそうするんだよ」と言いたくなることもあります。

でも、そうやって感情を動かされるからこそ、この漫画は忘れられない。

『聲の形』は、読む人の年齢や人生経験によって、きっと見え方が変わる漫画です。

一度読んだことがある方にも、もう一度読み返してほしい。

私はそう思える作品でした。

いじめる側。

いじめられる側。

見て見ぬふりをした側。

自分を守るために誰かを切り捨てた側。

この作品には、完全に正しい人も、完全に間違った人も、簡単には存在しません。

それぞれが自分なりの弱さや罪を抱えながら、それでも誰かとつながろうとする。

私は、その不完全さこそが『聲の形』という作品の魅力だと思っています。

綺麗すぎないからこそ、心に残る。

そんな漫画でした。

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