エドワード・ゴーリーの『けだもの赤子』は、彼の作品群の中でもひときわ異彩を放つ、ブラックユーモアの極致とも言える一冊です。
この作品を語る上で欠かせないポイントを深掘りしながらレビューします。

特徴
1. 「可愛くない」ことへの徹底したこだわり
赤ちゃんを主題にした絵本には、無垢さや愛らしさが期待されるものですが、ゴーリーはその期待を真っ向から裏切ってきます。
ここに登場する「赤子」は、不気味で、貪欲で、周囲に不快感を与える存在として描かれています。
読者が抱く「子供は守られるべき、愛されるべき存在」という倫理観を、あえて逆なでするような描写の連続は、ゴーリー特有のものです。
2. 緻密な線画と「無機質さ」の対比
ゴーリーの真骨頂である細密なペン画は、今作でも健在です。
背景や人物の衣服に施された執拗なまでの細い線の重なりが、物語の不穏な空気を一層引き立てています。
赤子の醜さと、背景の静謐でどこかヴィクトリア朝風の気品ある構図とのギャップが歪を生んでいます。
3. 突き抜けた「ナンセンス」の美学
この物語には、教訓も感動もありません。
ただただ「ひどい赤子」が「ひどい目に遭う」過程が淡々と綴られます。
しかし、その救いようのなさを、なぜか楽しめるのがゴーリー作品の不思議な魅力です。
世の中の「綺麗事」に対する皮肉な視点が、一貫したスタイルとして完成されています。
分析
彼がこの作品で表現しようとしたのは、どのようなことなのでしょうか?
1. 「無条件の愛」へのアンチテーゼ
世の中には「赤ちゃんは無条件に可愛く、愛されるべき存在である」という強固な社会的規範(タブー)があります。
ゴーリーは、あえて「全く可愛くない、むしろ不快な赤子」を描くことで、その固定観念を冷徹に突き放しました。
「愛せないものを愛さなければならない」という強制的な道徳観に対する、彼なりの強烈な皮肉や抵抗が込められているように感じられます。
2. 世界の「不条理」と「無慈悲」
ゴーリー作品に共通するテーマですが、世界は理由もなく残酷であり、善人が報われるとは限らず、悪人が罰せられるとも限りません。
『けだもの赤子』においても、その誕生から最期まで、そこには何の因果応報も救いもありません。
「人生には何の意味も理由もない瞬間がある」という、「無意味さ」が、彼が描きたかった世界観なのでしょう。
3. 「死」や「孤独」の様式美
ゴーリーは、死や不幸をあえて「淡々と」「記号的に」描きます。
悲劇を過剰に嘆くのではなく、徹底して冷ややかに、しかし緻密で美しい絵でパッケージングする。
これによって、読者は現実の恐怖から切り離され、「残酷さの中にある奇妙な平穏」を鑑賞することになります。
まとめ
『けだもの赤子』は、ゴーリーの「残酷な遊び心」を最も純粋な形で味わえる一冊です。
読者が「ひどい話だ」と眉をひそめるのか、「ふふっ」と笑ってしまうのか。
その反応自体を、ゴーリーは高いところから観察して楽しんでいたのかもしれません。
しかし、結局のところ、
「私の作品には、隠された意味など何もない。ただそこにあるだけだ」
彼なら、そんな風に煙に巻くような答えを返しそうですね。