狂瀾怒濤あるいは、ブラックドール騒動【ゴーリーの描く「無意味」の美学を追う】

一本道ではありません。

ページを行き来しながら読むゲームブック形式。

それでも最後に残るのは「結局何だったんだ?」という感覚です。

エドワード・ゴーリーの絵本が好きです。

唯一無二の不思議な作家です。

今回は「狂瀾怒濤あるいは、ブラックドール騒動」。

​エドワード・ゴーリーの絵本は、決して読者に「優しい回答」を用意してはくれません。

今回ご紹介する『狂瀾怒濤あるいは、ブラックドール騒動』もまた、不条理で、残酷で、そして何よりゴーリーの「無意味の美学」が凝縮された一冊です。

​手に取る前に、この作品がどのような方に響くのか、あるいはどのような方には馴染まないのかを、私なりの視点で記しておきます。

この本がおすすめの方

  • 論理の通じない世界に、心地よさを感じる方
  • ​緻密なモノクロームの線画に、静かな美しさと退廃を感じる方
  • ​物語の結末よりも、その途中の「不穏な空気感」を楽しみたい方
  • ​既存の価値観から少し離れ、自分だけの解釈で物語を味わいたい方

​おすすめしない方

  • ​物語に、教訓や明確なメッセージ性を求める方
  • ​納得感のある「起承転結」や、スッキリとした結末を好む方
  • ​救いのある物語で、読後にポジティブな気分になりたい方
狂瀾怒涛あるいは、ブラックドール騒動

エドワード・ゴーリーの特徴

  • モノクロの緻密な線画:古い建築物や退廃的な風景などを繊細なモノクロームの線で表現します。
  • 不条理で残酷な物語:理由なく子どもが死んでしまうなど、救いのない物語が多いです。
  • 優雅なユーモア:不穏さのなかに独特のユーモアが含まれています。
  • 詩的な文章:韻を踏んだ詩的な文章が添えられています。
  • 古典的な雰囲気:重厚で退廃的な雰囲気です。
  • 不思議な生き物:不気味かつ愛らしい謎の生き物が登場します。

ゴーリーの世界は、因果応報的なバランスがなくブラックです。

でも、そのなかに、可愛らしさや、ユーモラスな雰囲気も漂っています。

また、哲学的なテーマや風刺が多く含まれています。

この不思議な可笑しさ。

これがゴーリーの特徴なのです。

狂瀾怒濤あるいは、ブラックドール騒動

登場人物は「フィグバッシュ」「ナイーラー」「スクランプ」「フーグリブー」。

よく分からない4体の不思議な生き物です。

この4体がお互いをゆるーく攻撃しあいます。

タイトルに反して、画面の中では激しいアクションが起きているわけではありません。

ゲームブックのように分岐があって、読むページが変わります。

読者は途中で進むページを選びます。

しかし、どのルートを辿っても、決して爽快な結末は待っていません。

この「選択したのに何も変わらない」感覚さえ、ゴーリーのユーモアなのだと思います。

どんな経路を通っても、ゴーリーらしい結論で終わります。

この4体の生き物はなんだろうというのが、ゴーリーがこの本を書いた本質だと思います。

個人的には、「意味のない争いを続ける人間たち」

人間は、自分の正義や価値観のために争います。

しかし第三者から見れば、その争いは理由も分からない滑稽なものに映ることがあります。

ゴーリーは、それを言葉ではなく、正体不明の生き物たちの意味不明な小競り合いとして描いたのではないでしょうか。

裏表紙の光景を見る限り、結局は誰も救われないのでしょう。

まとめ

「結局どうなったの?」という明快なオチを求める人には全く向きません。

しかし、説明のつかない不安や、論理が通用しない世界の心地悪さを愛する人にとって、これ以上の贅沢はないでしょう。

『狂瀾怒濤あるいは、ブラックドール騒動』は、物語を理解する本ではありません。

理解できないことを、そのまま味わうための絵本です。

それこそが、エドワード・ゴーリーという作家が私たちに与えてくれる、贅沢な読書体験なのだと思います。

裏表紙

――優雅で残酷な、ゴーリーの迷宮へ。

​ゴーリーの描く世界は、一度足を踏み入れると引き返せなくなる不思議な魅力があります。

もしよろしければ、これまで私が読み解いてきた作品の数々をまとめた以下のページで、さらに深くその「迷宮」を探索してみてください。

-