私の好きな落語家さん。
桃月庵白酒 師匠。
落語会や寄席でも屈指の人気者です。
艶のある歯切れのよい美声でとても聴きやすい。
子ども役・女房役など人物描写が巧み、また声色も自由自在で表現力豊かな落語家です。
古典落語の筋書きは変えずに、登場人物のセリフ回しや価値観を現代的な感覚に置き換えるのが非常に上手。
ふっくらとした丸顔がトレードマークで、見ていて朗らかになります。
顔立ちとは対照的に、強烈な毒舌です。
マクラ(本編前のフリートーク)では、時す事ネタや身近な出来事、時には他の落語家さんに対しても容赦ない毒を吐きます。
しかし、その語り口が軽妙で、見た目もどこか福々しく可愛らしいため、嫌味にならずに客席を爆笑の渦に巻き込みます。
高座に座った瞬間にパッと場が明るくなるような華があり、その愛らしい見た目から放たれるエッジの効いたギャップが、聴き手を惹きつける要因の一つになっています。
高座では穏やかに見えても、実際には落語家は極度のストレスにさらされます。客を「必ず笑わせなければならない」芸人が不安に駆られるのは仕方ないことでしょう。
今回は、CD【桃月庵白酒30th】に収録されている演目についてご紹介します。
白酒師匠が演じる噺は、上に記載したようにとても聴きやすいので購入して聴いてみるのもオススメです。
四つの噺が入っているので、一演目当たり約800円と考えると決して高くはない。
各演目について、あらすじ等を簡潔にまとめておきます。


厩(うまや)火事
古典落語の名作のひとつ、『厩火事(うまやかじ)』です。
身近にこんな感じの夫婦がいますので、なんかよく分かりめす。
このお話は、とにかく「亭主の愛情を確認したい女房」と、「口は悪いがどこか憎めない亭主」のやり取りが面白い、夫婦の絆(?)を描いた滑稽噺です。
まず、主人公二人の設定を少しだけ頭に置いておきましょう。
- (妻): 腕の良い「髪結い」。今でいう美容師です。江戸時代、女髪結いは非常に収入が高く、自立した女性の象徴でした。彼女が稼いでいるからこそ、夫が遊んでいられるのです。
- (夫): 働かないことに罪悪感がない、典型的な「居候亭主」。悪気はないが、徹底的に自分本位な性格が笑いを誘います。
あらすじ
①髪結いとしてバリバリ働く妻は、夫が仕事もせずに遊んでばかりいることに愛想を尽かし、口喧嘩をキッカケに離婚を考えています。
②おサキは仲人の隠居のもとを訪れ、「あんな男とは別れたい」と愚痴をこぼします。
③ここで隠居は、中国の聖人・孔子のエピソードを引き合いに出します。
昔、孔子の大事にしていた馬が厩(うまや)の火事で死んでしまったとき、真っ先に「人は怪我しなかったか?」と尋ね、高価な馬の心配は後回しにしたといいます。
④隠居は「亭主が本当に自分を思っているか、試してみたらどうだ?」と提案します。
孔子になぞらえ、「お前も大事な瀬戸物をわざと壊してみなさい。亭主が真っ先にお前の体を心配すれば本物、瀬戸物を心配すれば別れなさい」と言うのです。
⑤妻はさっそく帰宅し、家宝の「瀬戸物」をわざとガチャン!と派手に叩き割ります。
⑥驚いて駆け寄る夫。妻が固唾を飲んで見守る中、夫は叫びます。
「おい! 大丈夫か! 怪我はねえか! 手を切りゃしなかったか!?」
妻は感激します。「やっぱりこの人は私を大事に思ってくれているんだ!」と涙を流しながら喜ぶ妻。しかし、夫はこう続けます。
「当たり前だよ。お前に怪我でもされて、明日から仕事に行けなくなってみろ。俺が酒が飲めなくなるじゃねえか」
隠居が語る「孔子の厩火事」という格調高いエピソード(論語の一節)を、江戸の長屋の夫婦喧嘩に持ち込むという構造が秀逸な噺です。
理想: 人を愛し、物は二の次(聖人君子)
現実: 飯の種(妻の体)を心配し、物は二の次(ヒモ亭主)
寝床
落語の「寝床(ねどこ)」は、「下手な横好き」をテーマにした滑稽噺の代表格です。
義太夫(浄瑠璃)に熱中する旦那さまと、そのあまりの騒音(?)に命の危険を感じる奉公人たちの攻防がコミカルに描かれます。
あらすじ
1. 旦那さまの宣言
ある長屋の大家(そして商家のご主人)は、義太夫が大好き。しかし、その腕前は「聴くと寿命が縮まる」と言われるほど凄まじい下手さです。
ある日、旦那さまは「自分の義太夫を披露する会を開く」と言い出し、長屋の住人たちを呼び集めるよう番頭に命じます。
2. 全員一致の「仮病」
旦那さまの義太夫の恐ろしさを知っている一同は、なんとか逃げようと必死です。
「がんもを作るのに忙しい」「妊娠した」「足が痛い」と、全員が示し合わせたように欠席の言い訳を並べます。
これを聞いた旦那さまは激怒。「せっかく料理や酒も用意したのに!もうお前らには長屋は貸さない!」とへそを曲げて寝込んでしまいます。
また、商家の従業員たちにも義太夫を聞くよう迫ります。
3. 恐怖の強制鑑賞会
困り果てた長屋の住人たちは、追い出されてはかなわないと観念し、「やっぱり聴かせてください」と泣きつきます。
機嫌を直した旦那さまは、さっそく会を開始。
逃げ場のない密室で、旦那さまの唸り声(義太夫)が響き渡ります。あまりの苦痛に、聴き手たちは気を失ったり、白目をむいたり、あまりの不快さに涙を流したりと、地獄絵図のような光景が広がります。
4. 結末(オチ)
旦那さまは、必死に耐えている(あるいは気絶している)一同を見て、「みんな感動して泣いている、熱心に聴いている」と勘違いし、ますます気分を良くします。
ふと見ると、一番前で丁稚(でっち)の定吉だけが、顔を伏せて激しく体を震わせています。
旦那さまは感激して声をかけます。
旦那:「定吉、そんなに私の義太夫に感動したのか? どこがそんなに良かったんだ?」
定吉:「いえ、あまりに悲しくて……(寝床に行きたい)」
旦那:「どこがだ」
定吉:「そこ(旦那が義太夫をしている場所)が私の寝床です……」
聴きどころ
この噺の面白さは、旦那さまの「自信満々で下手くそな義太夫」を落語家がどう演じるか、そして、それを聴かされる人々の「悶絶するリアクション」の対比にあります。
「下手なものほど本人は自覚がない」という人間の心理を突いた、笑える中にもどこか切ない名作です。
旦那様の義太夫をあえて「音楽ですらない、ただの不快な騒音」のように演じ、聴いている側が物理的にダメージを受けている様子を可笑しく表現します。
代書屋
『代書屋(だいしょや)』は、文字の読み書きが苦手な人が多かった時代を背景にした、滑稽噺の傑作です。
白酒師匠はかなりアレンジを加えています。
あらすじ
①町の片隅で代書屋(今でいう行政書士のような仕事)を営んでいる男のもとへ、一人の風変わりな男がやってきます。男は「履歴書を書いてほしい」と頼みますが、この客がなかなかの強者で、話が全く噛み合いません。
②代書屋が履歴書を埋めるために質問を投げかけますが、客の答えはいちいち脱線します。
③「代書屋さんですか?」「どこだと思って入ってきたの?」「象使いかもしれないでしょう」
④「歴史書を書いてほしい」「履歴書でしょ」
⑤「産まれた場所は?」「奥の四畳半」
「現住所は?」「拳銃は持ってません」「現在の住所!」
⑥「生年月日は?」「うっすら」。
「年齢は?」「25歳」。なんとそれは「親父が死んだとき」。それから20年経つことが判明すると、「45歳ね」。
「来年は46歳だからね」「来年のことがわかるんですか?」と驚く客。「じゃあ、コロナはどうなってますか?」。
⑦「名前は?」「モリちゃん!」。なんとか「盛夫」だということを聞き出す。
でも、苗字がわからない。
「上につく名前があるでしょう?何の盛夫とか」「二度寝の盛夫」。
「銀行で呼ばれるでしょう?何とかさんって」「38番さん」。
⑧代書屋が「どういう人なんだろうね。」と聞きます。
すると客は、
「履歴書見てみなさい」
宿屋の富
こちらもまた古典落語の傑作『宿屋の富(やどやのとみ)』です。
江戸時代の「一攫千金」を夢見る庶民の姿を、滑稽かつ少し切なく描いた人気演目です。
あらすじ
日本橋・馬喰町にある、客足がさっぱりで潰れかけの宿屋が舞台です。
①そこへ、身なりのいい、いかにも「お大尽(金持ち)」といった風情の男が泊まりに来ます。
②宿の主人が男を歓迎すると、男は頼んでもいないのに景気のいい自慢話を始めます。
- 「自分は数万両という金を動かしている」
- 「金がありすぎて困っている」
- 「江戸の小銭(千両単位)を持ち歩くのは面倒だ」
主人は「これはとんでもない福の神が来た!」と大喜び。主人は男に、自分が無理やり買わされて困っていた「富くじ(現在の宝くじ)」を、縁起物として無理やり1枚売りつけます。男は「そんな端金、当たっても外れてもどうでもいい」「当たったら半分くれてやる」と言います。
③しかし、主人が部屋を出た途端、衝撃の事実が。
実はこの男、一文無し。身なりの良さはただのハッタリで、宿代すら払える見込みがない「素寒貧(すかんぴん)」だったのです。
「あれだけ言っとけば途中で宿代を払えとは言われないだろう……」と考えなから男は眠りにつきます。
④翌日、行くあてもなく出かける男。
ふらふらと境内へ。
富くじの当選番号(突出し)が発表されます。
なんと、主人が男に売りつけた富札が、最高賞金の「一等(千両)」に当選してしまったのです。
⑤男は千両当たったのにビックリして、寝込んでしまいます。しばらくして主人が、大急ぎで宿に戻り、男の部屋へ飛び込みます。
「旦那!大変だ!当たりました!千両です!」
⑥主人が「半分の五百両を…」。
「下駄履いたまま上がってきてるじゃないか」
主人が布団をめくると、客は草履を履いて寝ておりました。
この落語の聞きどころ
この話の魅力は、「見栄を張る男の滑稽さ」と「本当に当たってしまった時のパニック」のギャップです。
「金なんていらない」と豪語していた男が、実際に金を手にした瞬間に腰を抜かしてしまう人間の弱さが、落語らしくユーモラスに描かれています。